4−15 恋ぞ積もりて「時代祭」
9月も終わりに差し迫る日、卒論の中間発表が行われた。学生たちが進捗状況を報告し、教授たちがアドバイスを送るというものだ。
教習所に通いながら、卒論をある程度形にするのは苦労した。夏休みにも関わらず大学に通い、ありとあらゆる書物を読み漁り、ああでもないこうでもないと悩みながら文字を連ねていく。それに加えて「花の」でのバイトもあるので、講義がないとはいえ忙しさに目が回りそうだった。
そんな調子で迎えた中間発表当日。指定された教室に行くと、同じ学科の学生と教授が一堂に会していた。もちろんそこには間崎教授もいて、わたしと一緒にいる時とは違う、よそゆきの顔をして座っている。わたしは目立たないように身を縮めながら、一番隅の席に腰掛けた。
名前を呼ばれた学生から順に、現時点での卒業論文を発表していく。梶井基次郎の「檸檬」について新たな視点で考察する人や、とりかへばや物語について新説を唱える人。他の学生の発表はどれも斬新でそつがないように思える。間崎教授は他の教授に混じって「ここに注目したのはいい」とか「こちらからもアプローチすべき」と、懇切丁寧に言葉を送っていた。
最初の発表者から1時間近く経った頃、ついにわたしの名前が呼ばれた。わたしはぎこちない動きで前に出て、用意した卒論を全員に配った。学生のみならず、他の教授たちに自分の書いた拙い論文を見られるのはものすごく恥ずかしい。素人のくせにオリンピックの舞台に立つような気分だ。わたしは喉から声を絞り出し、自分の卒論についてたどたどしく説明を始めた。伊勢物語がああでこうで、在原業平と惟喬親王が、うんたらかんたら。正直自分でも何を言っているのかいまいち分からない。
そんな調子なので、発表が終わっても特段拍手は起こらなかった。学生たちは息を潜めながら、教授たちの言葉を待っている。
「どうですか、間崎教授」
教授のひとりが間崎教授に話しかけた。わたしの論ずるテーマはまさに間崎教授の専門分野である。教授はわたしの卒論をじっと見つめたまま、なかなか口を開こうとしない。あ、まずい。この状態の間崎教授は非常にまずい。
あまりにも沈黙が長いので、学生たちが顔を見合わせ始めた。永遠に続くかのような時間のあと、教授は腕を組んで一言、
「はあ」
と言った。
怒りでもあきれでもない。ため息混じりのその台詞は、虚無だった。他の学生たちへの反応と明らかに違う。まるで北極に放り出された気分だった。
そのあとのことはあまりよく覚えていない。確か他の教授が「今後もよく調べるように」とか中身のないフォローをしていたような気がする。わたしはふらふらと席に戻り、全員の発表が終わるまで地獄に堕ちたような思いで過ごした。
結局、わたしは褒められることも叱られることもなかった。この種の反応をされるのは初めてではない。以前、源氏物語の発表をした時も似たような反応をされた。しかしその時はまだ平坦な感想をくれたが、今回はそれよりさらに悪い。しかも学生のみならず他の教授たちが見ている前であんな反応をされたわたしは、周囲から同情の眼差しを感じつつ、とぼとぼと教室をあとにしたのである。
昼食を取りつつそのことをみっちゃんに話したら、彼女は腹を抱えて笑い出した。「ヤバい、マジウケる」というのが彼女の感想だった。
「みっちゃんはどうだった?」
「あたしも似たようなもんだよ。まあ、みんなそんなもんじゃない? 褒められる人なんていないって」
「でも、『はあ』だよ。アドバイスもないんだよ」
「それはまあ、知らんけど」
すべての責任を放棄する呪文を唱え、みっちゃんが「で、免許はどう?」と話題を変えた。
「頑張ってスケジュール詰めたから、もうちょっとで取れそう」
「よかった。じゃあ、旅行は予定通り10月末ね。あとで宿の候補送るから、また見といて」
「ありがとう。任せっぱなしでごめんね」
行き先から宿まで、何もかもみっちゃんに頼っている。みっちゃんは「いいって」と笑った。
「その代わり、琴子にはいっぱい写真撮ってもらうから」
「もちろん。任せて」
その時、テーブルに置いていた携帯電話が鳴った。いやな予感がする。そう思いながら画面を見ると、案の定「間崎教授」と表示されていた。今このタイミングでの着信なんて、お説教に決まっている。
「もしかして、間崎教授?」
みっちゃんに問われ、わたしは苦々しい顔でうなずいた。
「何してんの、早く出なよ」
「いやだ、出たくない」
「何でだよ。すきなんでしょ」
「すきだけど、今はすきじゃない」
「んなわけあるかい」
電話はいつまでも鳴りやむ気配はない。観念して通話ボタンを押すと、開口一番に『今どこ』と尋ねられた。
「い、家です」
咄嗟に無意味な嘘をつく。みっちゃんがばか、と小声で叱責した。
『君の家は大学なのか?』
わたしは慌てて周囲を見渡した。どこだ。一体どこから見ているんだ。
『10分以内に教授室に来ること』
教授はそれだけ言い放つと、わたしの返事も待たずに通話を切った。最悪だ。顔を上げると、みっちゃんがにやにやしながらこちらを見ている。
「間崎教授、何だって?」
「今すぐ来いって」
「よかったじゃん。すきな男からの呼び出し」
「全然嬉しくない」
行く先は地獄だというのに、一体何を喜べばいいのか。わたしは重い足取りで教授室へと向かった。
「失礼しまーす……」
おそるおそる扉を開けると、教授はいつものように椅子に深く腰掛けていた。わたしの方をちらりとも見ないまま、「座って」と指示する。ここで言う「座って」は、「どうぞおかけください」ではなく「座れ」という命令である。わたしは大人しくローテーブルの前にあるソファに腰を下ろした。
教授が立ち上がり、わたしの真正面に移動した。手に持っているのは確認するまでもなく、中間発表で配ったわたしの卒論である。体を固くして待っていると、苛立ったように「出して」と言われた。わたしはようやく気づいて、カバンから卒論と筆記用具を引っ張り出した。
「原文と現代語訳で文字数稼ぎすぎ」
「はい」
「別に載せるなとは言わないが、それと同じぐらい自分自身の言葉で書きなさい」
「はい」
「あとシンプルに漢字の誤変換が多い。見直してないだろう」
「すいません……」
正論で両頬をぶん殴られては反論の余地もない。ここの考察が甘い、こことここの関連性はどこから来たんだ。姑のようにくどくどお説教をされていたら、わたしはこの人のどこがすきなんだろうと思い始めた。重箱の隅をつつくように事細かくダメ出しする人のどこがいいのか。いやでも、これを他の学生や教授の前で言わなかったのがせめてもの優しさなのかもしれない。そう納得しながらも心はずたずたに切り裂かれ、30分が過ぎた頃には涙が出てきた。あれだけそばにいたいと願っていたはずなのに、一刻も早くこの場を去りたかった。今すぐ部屋に帰ってベッドにダイブしたかった。
教授が時計を見て「今日はここまで」と言った時、安心と疲労でどっと肩の力が抜けた。気づけば1時間近く指導されていたことになる。
「じゃあ、続きは来週」
「え?」
「今言ったところを修正して、また見せて」
「はい……」
今のわたしに逆らうすべはない。素直にうなずいて、わたしはそそくさと教授室から逃げ出した。
その日を境に、教授室でふたりきりの指導が始まった。卒論提出はまだまだ先なのに、なぜここまで徹底する必要があるのか。そう尋ねたら、「基礎がなっていないまま進めたらすべてだめになる」と言われた。さすが教授、ごもっともである。
中間発表が終われば楽になると思っていたが、結果的にますます忙しくなった。次の週に修正した卒論を見せたらさらに修正箇所を指摘され、それからさらに次の週も教授室を訪れることになった。教授と過ごす時間が増えるのは嬉しいが、内容はちっともロマンチックではない。肌をちくちくと針で刺されているようだ。
そんなことをしているうちに教習所の卒業試験が終わり、無事運転免許を取得することができた。
「見てください、免許取れました」
嬉々として伝えると、教授は心底興味なさそうに「ああ、そう」と言った。重苦しい空気をどうにか変えようと免許証を見せてみたものの、いまいち反応が薄い。どうせわたしには興味ないんだといじけていると、教授がわたしの目の前に大福を差し出した。
「何ですか」
「合格祝い」
それは教授がすきな出町ふたばの豆大福だった。明らかにわたし用ではなく、自分用に常備しているものである。豆大福はだいすきだが、合格祝いにしては物足りない。
「これだけですか」
わたしはふてくされて教授を睨んだ。卒論と並行して教習所に通い、無事免許を取れたことをもう少し褒めてほしい。教授はちらりと壁にかかっているカレンダーを見て、それから「これだけではないですよ」と微笑んだ。
「時代祭を見にいきましょう」
時代祭。さすがに京都に住んで4年目となれば、その名前は知っている。きらびやかな衣装の人たちがずらずらと行列を成して歩いているのを見かけたことがあるが、きちんと見学したことはないかもしれない。
「行きます、行きたいです」
「じゃあ、22日はあけておいて。時間と場所はまた連絡するから」
「分かりました」
わたしは豆大福を食べてから、軽い足取りで教授室を出た。今回で卒論の指導も一区切りと言われているし、教授と出かける予定もできた。時代祭を見にいくということは、写真を撮れということだろう。
あれ、もしかしてこれ、ご褒美じゃなくていいように使われているだけかもしれない。ふとそんな考えがよぎったが、あまり深くは考えないことにした。
京都御所の南側、堺町御門付近に到着したのは、12時の少し前だった。
丸太町通は交通規制され、普段より広々としている。周囲にはわたしのようにカメラを持って待ち構えている人がたくさんいて、祭りの雰囲気が漂っていた。
「時代祭がどんな祭りか、知っているか」
試すように問われ、ぎくりとした。時代祭の行列は見たことがある。雰囲気は知っている。だが、改めて聞かれるとうまく答えられない。何年京都に住んでも、こういうことばかりだ。
「華やかな衣装を市民に見せていく、みたいな?」
「半分正解」
予想に反し、教授はそう言って微笑んだ。
「時代祭は、平安神宮の創建を祝う京都市民の祭りだ。祭神である桓武・孝明天皇が、京都の繁栄を見ながら平安神宮まで行列するという形を取っている。伝統工芸技術を披露することも目的の一つで、動く歴史風俗絵巻ともいわれているんだよ」
「へぇー。いろいろな時代の衣装を見るのって、楽しそうですね」
「行列は明治維新から平安時代へ遡っていく。それぞれ特徴的だから、よく見ておきなさい」
行列は京都御所の堺町御門を出て烏丸通を南下、三条大橋を渡り、平安神宮に向かう。わたしたちがいるのは、まさに出発点というわけだ。
「教授は毎年見ているんですか?」
「いや、ちゃんと見るのは久しぶり」
冷たい風が吹いて、わたしは思わず身を縮めた。日差しはあたたかいが日陰だと風が冷たく、秋らしさを実感する。
しばらくすると、遠くからお囃子が聞こえてきた。今か今かと門をのぞくが、なかなか姿が見えてこない。
「まだですかね?」
「もうちょっと」
「早く見たいです」
そわそわしているわたしを宥めるように、教授が「もうちょっと」と繰り返す。カメラを構えながら待っていると、やがて華やかな衣装を着た人たちがゆっくりとこちらへ歩いてきた。
まず初めに現れたのは、馬に乗った警察官たちだった。服装は普段と同じだが、乗馬している姿はより一層凛々しく見える。着物姿の女性たちがそのあとに、その後ろには馬車が続いた。
「あれって、京都府知事じゃないですか?」
馬車に乗っている人物を見て、ふと気づく。教授は「そうだよ」と首肯した。
「時代祭の執行母体は、『平安講社』という市民組織なんだ。だから、知事や市長、時代祭協賛会の会長たちが名誉奉行を勤めている」
「なるほど。それを知っていると、いろいろ理解しやすいです」
わたしは目をぱちくりさせながら行列を眺めた。京都府知事や京都市長など、テレビで見たことがある人たちが、晴れやかな表情で手を振っている。
その行列が過ぎると、今度は「明治維新時代」という旗が見えてきた。その後ろには「平安講社第八社」「維新勤王隊」という旗がある。
「ここからが明治維新時代。維新勤王隊列だ」
笛や太鼓の軽快な音楽が、わたしたちを取り囲む。楽器を演奏している人や銃を持っている人もいて、何度シャッターを切っても足りない。この行列は丹波の山国村から官軍に参加した「山国隊」の姿らしい。
「時々馬に乗っている人がいますけど、あの人たちは?」
「先頭にいたのが御使番。あそこにいるのは隊長、参謀、司令長」
「役割がある人たちなんですね」
今まで行列の一部を見かけることしかなかったが、こうしてじっくりと見ていると、衣装や持ち物、時代背景にまで興味が湧く。ただ知っているのと、実際に見るのとではやはり違う。こんなにも身近な祭りだったのに。わたしは今日まで、時代祭のことをちっとも理解していなかった。
しばらくすると、今度は「維新志士列」の旗が見えてきた。小さな子供たちが「桂小五郎」「坂本龍馬」などの旗を持っていて、その後ろには偉人の衣装に身を包んだ人が歩いている。
「すごい、知ってる名前がたくさんあります」
わたしは興奮を抑えながらシャッターを切った。ドラマの影響もあり、わたしが最もすきなのがこの時代だ。新選組ゆかりの地である壬生寺や八木邸、坂本龍馬で有名な寺田屋に行ったことを思い出す。衣装の細部にまでこだわりを感じ、まるで本人が現世によみがえったようだ。
明治時代が終わったその次は江戸時代。衣装だけでなく、さまざまな祭具を見るのもおもしろい。江戸時代婦人行列では女性の衣装が華やかで、より一層きらびやかに感じる。その後も豊公参朝列、織田公上洛列、室町幕府執政列と時代がさかのぼっていき、神幸列、白川女献花列、弓箭組列が過ぎると、ようやく行列が終わりを迎えた。
携帯電話を見ると、気づけば2時間以上も経過していた。教授の説明を聞いていたら、あっという間に時間が過ぎてしまう。
「教授、おなかがすきました」
来る前に軽く食べてきたものの、やはりこの時間になると小腹がすく。「何か食べようか」と教授が言った。わたしたちは三条周辺まで歩いて、前田珈琲に入った。
「ちょっと大変だったけど、最後まで見ることができてよかったです」
サンドイッチを食べながら、わたしは時代祭の行列を思い返した。いつもはちらりと見かけるだけで、その衣装がどの時代であるか、誰を表しているのかも分からなかった。今回教授に教えてもらったおかげで、よりはっきりと時代祭の輪郭が見えた気がする。
「京都に来てからいろいろなところに行ったつもりですけど、桜も紅葉もお祭りも、全然まわりきれないですね」
「人生は長いんだから、卒業したあとも見ればいいじゃないか」
教授はそう言いながら、ホットコーヒーに角砂糖を落とした。
「観光系の出版社なら、仕事で京都に来ることもあるだろう」
「そうだといいんですけど」
卒業後、どんな生活が待っているかはまだ分からない。だけどきっと、京都に来る機会もあるだろう。わたしがそれを望むなら。
「わたしが、卒業しても」
サンドイッチを皿に置いて、まっすぐ教授を見つめた。緊張で、途端に舌がうまくまわらなくなった。
「京都に来る時は、連絡していいですか」
「もちろん」
教授は当然のような顔で答えた。そのあっさりとした返事が嬉しくて、わたしは唇を弱く噛んだ。こうしておかないと、瞳が潤んでしまいそうだった。
「東京ばな奈か東京ひよ子か、悩むな」
「手土産目当てですか?」
「東京でしか買えないものをよろしく」
「そんなに甘いものばかり食べていたら、病気になりますよ」
わたしの忠告に歯向かうように、教授はメニューを開いてデザートを眺め出した。ずるいです、わたしも食べたいです。そう言うと、教授は「食べればいいじゃないか」とわたしにメニューを差し出した。
卒業したら、関係が切れてしまうかもしれない。わたしたちは教授と学生の関係で、写真を撮らないわたしに価値を見出してはくれない。そんな風に思っていたのは、わたしだけだったのかもしれない。
いつだってそうだ。茂庵で会った時も、わたしはわたしの価値を勝手に決めつけていた。教授にとってわたしは、他人だと思い込んでいた。
だけど、そうではないのかもしれない。教授にとってのわたしは、単なる学生ではないのかもしれない。わたしはわたしの価値を、もっと信じていいのかもしれない。
教授が顔を上げ、尋ねるように首を傾げた。何でもないです。わたしは静かに首を振った。
教授。わたし、少しだけ期待してもいいですか。すきになってもらわなくてもいい。この恋が叶わなくてもいい。ただ、ずっとこうしていられると、願ってしまってもいいですか。
| 名称 | 平安神宮 |
| 主祭神 | 桓武天皇、孝明天皇 |
| 創建 | 明治28年(1895年)3月15日 |
| 住所 | 京都市左京区岡崎西天王町97 |
| アクセス | ・JR「京都駅」より、市バス5系統、洛バス100号・110号系統 「岡崎公園 美術館・平安神宮前」下車 北へ徒歩5分 ・阪急「河原町駅」より、市バス5系統、46系統、32系統 「岡崎公園 美術館・平安神宮前」、「岡崎公園 ロームシアター京都・みやこめっせ前」下車北へ徒歩5分 ・祇園・清水寺方面より、市バス201系統、203系統、206系統、「東山二条・岡崎公園口」下車 東へ徒歩5分 洛バス100号系統「岡崎公園 美術館・平安神宮前」下車 北へ徒歩5分 ・地下鉄東西線「東山駅」下車、徒歩10分 ・京阪鴨東線「三条駅」または「神宮丸太町駅」下車、徒歩15分 |
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