4−21 小塩の山も「十輪寺」

善峯寺を出たわたしたちは、昼食を軽く済ませてから十輪寺へと向かった。
 
「十輪寺は、在原業平が晩年に閑居した場所と伝えられているんですよね」
 
事前に調べてきたことを話すと、教授は「そうだよ」とうなずいた。
 
在原業平は、「伊勢物語」の主人公である男のモデルとされる人物だ。十輪寺は「なりひら寺」とも呼ばれ、業平の墓と伝えられる宝篋印塔や、二条后が大原野に詣でた際、業平が塩を焼き、その想いを煙に託したという塩竈の跡などがあるらしい。今日は、「塩竈清祭(しおがまきよめさい)」を見にいくのが目的だった。
 
駐車場にはすでに多くの車が停まっていて、空いているところは一つしかなかった。
 
「危なかったですね」
 
「君がピザを2枚も食べるから、遅れてしまった」
 
「そんなに食べてません。1枚半です」
 
言い争いながら境内に入ると、善峯寺と同じようにもみじは黄色や赤に色づき、落ちた葉が地面を鮮やかに覆っていた。見たいものも撮りたいものもたくさんあるけれど、まずは塩竈がある場所を目指して歩いた。
 
境内の奥に進んでいくと、やがて人が集まっているのが見えてきた。みな同じ方向を向いて立ち、祭りが始まるのを静かに待っている。近づいていくと、木々の間にぽっかりと開けた窪地があった。その中央には、小さな炉のようなものがある。
 
「あれが塩竈ですか?」
 
 「そうだよ」
 
塩竈には注連縄が張られ、竈の中には焚きつけの落ち葉が準備されていた。石を丸く積み上げたような簡素な造りなのに、木々に囲まれた窪地の中央にあるせいか、ふしぎと目を引いた。
 
しばらくすると、僧侶たちがお経のような言葉を唱え始めた。それまで低く交わされていた話し声が途絶え、あたりが急に静かになる。やがて塩竈に火がつけられると、細い煙がゆっくりと立ち上った。最初は頼りなく揺れていた白煙は、火が広がるにつれて少しずつ濃くなり、木々の枝の向こうへ昇っていく。風が吹くたびに煙の行方が変わり、焦げた落ち葉のにおいがこちらまで流れてきた。
 
やがて、僧侶のひとりが塩を撒き始めた。どうやら、塩竈を清めているらしい。お経を唱える声、パチパチと火が弾ける音、しゃらしゃらと鳴る宝具の音が混じり合い、まるで一つの音楽のようだった。
 
わたしは空高く立ち上る白煙を見上げた。
 
在原業平は、平城天皇の孫という高貴な血筋に生まれながら、幼くして臣籍に下った人物だ。のちに六歌仙のひとりと数えられるほどの歌人で、紀貫之に「業平はその心余りて、言葉足らず。しぼめる花の色なくて、匂ひ残れるがごとし」と評されている。1回生の時、教授の講義でそう教わった。
 
若き業平が愛した二条后――藤原高子(たかいこ)は、清和天皇の后となり、手の届かない存在となってしまう。それでも高子への想いを忘れることができなかった業平は、この煙に想いを託した、という言い伝えがある。届くかどうかも分からないのに。届いてほしいと願っていたのか、それとも届かなくてもいいから、ただ想いを伝えたかったのか。
 
映画や小説でも、ラブソングでも、叶ってしまった恋よりも、叶わなかった恋の方が、どうして胸を打つのだろう。
 
人は永遠に続くものよりも、刹那的なものに惹かれてしまう生き物なんだよ。そう、教授は言っていた。
 
だからだろうか。散ってしまう桜も、褪せていくもみじも、溶けてしまう雪も、どうしようもなく愛おしい。
 
気づかれないように、そっと教授の横顔をのぞいた。教授は少しさみしそうに、塩竈から上る煙を眺めていた。どうしてそんな表情をしているのか、わたしには分からない。尋ねることも、想像することもできない。
 
誰かの想いを乗せた白煙は、やがて青空に吸い込まれていった。
 
 
 
 
 
塩竈にさざんかの花が撒かれ、祭りは終わりを迎えた。在原業平の墓に手を合わせてから、わたしたちは入り口まで戻り、順番に十輪寺を見てまわることにした。
 
本堂に入ると、真ん中に小さな庭園があった。
 
「ここは、三方普感の庭」
 
「三方普感?」
 
「高廊下と茶室、それから業平御殿。三つの場所から眺めることで、それぞれ違った世界が見えるように作られているそうだ」
 
「同じ庭なのに?」
 
「見る場所が変われば、見えるものも変わる。中央の三つの石は、過去、現在、未来を表しているらしい」
 
言われるがまま、業平御殿から高廊下の方に歩いてみた。教授の言う通り、同じ庭を見ているはずなのに、ほんの少し歩いただけで、石の重なりも木々の見え方も変わったように見える。
 
わたしは身を乗り出して庭を眺めた。石と苔、砂が配置された控えめな庭だが、一際目を引くのは桜の太い幹だった。枝が長く垂れていることから、おそらくしだれ桜だろう。
 
「立派な桜ですね」
 
「樹齢200年ほどのなりひら桜だ。天に蓋をするように咲くことから、『天蓋の桜』とも呼ばれる」
 
「春になったら、きれいなんでしょうね」
 
薄紅色の桜が、空を塞ぐように咲く春を想像した。次の春、この桜を写真に収めたい。だけど、その願いはきっと叶わないだろう。大学に入学した時と同じように、慣れない新生活にあくせくしているうちに、桜は散ってしまうのだろう。東京でも桜は見られるかもしれない。もしかしたら、新しく出会った人と花見に行くかもしれない。だけど、これから見る景色のどれも、教授の隣で眺めるものには敵わないような気がした。
 
再び庭に出て、赤く染まった紅葉を写真に収めた。朝より雲が多くなり、影の落ちたもみじは少しだけくすんでいるように見える。業平紅葉とよばれるもみじを撮り、大きな鐘楼の前に行くと、「不迷鐘(まよわずのかね)」という看板が立っていた。
 
「自分で決心がつかず迷っている時この鐘をつくと、決心がつくふしぎな鐘である。ただし、つく方法がある。これに従わないとご利益がない」
 
わたしは看板に書かれた文字を読んだ。
 
「やってごらん」
 
教授に言われて、わたしは看板に書いてある通り、まず本尊の前に100円を供えた。手を合わせ、祈りを込めてから、再び鐘楼の前に戻ってくる。
 
わたしは息をとめて、ひとおもいに鐘をついた。ごぉん、という低い音が鳴り響く。その音はわたしの体の奥の方までずしりと響き、波紋のように指先まで広がっていった。耳をすませていると、初めは大きかった響きが少しずつ細くなり、やがてどこまでが鐘の音で、どこからが風の音なのか分からなくなった。息をとめたまま、わたしは最後の一音を追いかけた。
 
「決心は、つきましたか」
 
音が完全に消えた時、教授が問いかけた。わたしはようやく息をして振り向いた。教授は穏やかに微笑んでいた。口を開こうとしたけれど、どうしても次に続く言葉が思い浮かばなくて、あいまいに笑うだけだった。
 
一通り写真を撮り終えたあと、わたしたちは車に戻った。善峯寺、十輪寺。予定していた場所はどちらもまわり終えてしまった。あとはもう帰路に着くだけだ。朝からずっと一緒にいたはずなのに、終わりが見えた途端、言いようのないさみしさが、わたしの体温を奪っていった。膝の上に置いたカメラを見下ろすと、こん様が慰めるようにわたしを見ていた。わたしは両手でこん様を優しく包んだ。今日撮った写真はたくさん残るのに、この時間そのものは、もうすぐ過去になってしまう。
 
「もう一ヶ所、行っていいか」
 
教授の言葉で、わたしは顔を上げた。どこに行くんですか。そんな疑問を口にする前に、わたしは「はい」とうなずいていた。教授は安心したように少しだけ笑って、静かに車を発進させた。
 
窓の外を見ると、空には薄い雲が広がっていた。まるで、白煙がそのまま雲に変わってしまったみたいだ。雲の向こうにある太陽はインクを落としたようにぼんやりと滲み、だんだんと西に傾いている。そのおぼろげな光を見つめながら、わたしは揺れる車に身を任せた。
 

テーマ #寺院 #季節の行事
季節 #秋
花・植物 #紅葉

名称 十輪寺
別称 業平寺
山号 小塩山(おしおざん)
宗派 天台宗
本尊 延命地蔵菩薩(秘仏)
創建 嘉祥3年(850年)
住所 京都市西京区大原野小塩町481
アクセス

阪急バス「灰方」下車 徒歩約30 分(1.5km)
市バス「大原野小学校前」下車徒歩約20分(1.6km)

拝観時間

9:00~17:00

拝観料

500円

TEL 075-331-0154
URL https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=7&tourism_id=318
オフィシャルブログ:https://narihiratera.seesaa.net
参考 最新の情報はHP等でご確認ください。

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